2006年01月16日

スポーツとメンタル

娘は毎週、近くに住む義妹に温水プールに連れて行ってもらいます。先週は義妹の都合が悪かったので私が代わりに連れて行くことにしました。

水泳のコーチを勤めていた経験もある義妹のおかげで娘はプールが大好きで、足の全く届かない25Mプールにも平気で入っていきます。こちらが体を支えてあげれば、ビート板を抱え、バシャバシャと派手な水しぶきを上げながら進んでゆきます。

プールの中程まで進んだ頃、私は、『この調子なら、手を添えていなくても大丈夫なのではないか』と思い、お腹のあたりにあてがっていた手をソォっと離しました。案の定、手を離されたことに気付かない娘は、スゴイスゴイ、そのまま一人で泳いでいきます。

ところが、ビート版の間から顔を上げて息継ぎをした瞬間、私が手を添えていないことに気付いたようで、いきなりパニックに陥ってしまいました。


それまで、右へ左へ蛇行しつつも順調に進んでいたのが嘘のように手足の動きがバラバラになり、あえなく水中へ沈み始めます。こちらも慌てて手を添えなおしましたが、それからというもの、娘はいつまた手を離されるかと気が気でないようで、水中から顔を上げるたびに『ちゃんと持っていてね』と念を押される始末。コーチとしての信用は、がた落ちです。

その後、プールに併設されている温泉に娘とゆっくりと浸かりながら(実は父親はこちらが目当てだったのですが)、スポーツとメンタルの関係について改めて考えていました。

あの時、私が手を離していることに気付かなければ、娘はそのままプールの片方の端まで一人で泳ぎ切ったかもしれません。ところが、自分が一人で泳いでいることに気付いた途端に泳げなくなってしまいました。ということは、私たちの体を動かしているのは運動「神経」などという先天的な能力というより、実はかなり、気持ちの部分が大きいのではないでしょうか。

テニスの名コーチとして知られたヴィック ブレイデンは、自著メンタルテニスの中で、体と心(脳、メンタル)の関係をパソコンのハードウェアとソフトウェアに例えています。どんなに優秀なハードウェア(体)も、ソフトウェア(メンタル)の命じる通りにしか動かない、というわけです。

一人で泳いでいたことに気付いて沈み始めた娘と、一時的には海上を歩いてみせながら不信仰によりやはり沈んでいった使徒ペテロの姿をダブらせながら、それでも決して自分を諦めなかったペテロのような、そんな強い心を娘にも培ってほしいと思う父でありました。
posted by oxeye at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | family | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。