2006年01月19日

1.5倍の仕事

"... always having plenty to do in the work of the Lord ..."(1 Corinthians 15:58)

『やるべき仕事を常に沢山、抱えているように』という使徒パウロの言葉です。聖書ではこの他にも勤勉を勧める格言が随所に見られるのですが、同時に沢山の仕事を抱えることは、単に量をこなすだけではなく質の高い仕事をする上でも効果的だという意見を、最近、読みました。

それによりますと、質の高い仕事をする人には幾つかの共通項があり、その一つが、「一人では処理しきれないほど」、「おそらくは本人の能力の150パーセントくらい、仕事を抱え込んでいる」ことなのだそうです。

そのように沢山の仕事を抱えることで潜在能力をフルに発揮できるようになると説明し、その点を以下のように「地引き網」に例えています。

「網は、広く張れば張るだけ浜に引き上げるのに力がいる。持てる力のすべてを出し切ることになる。そして、広く張った網のなかには、高級魚から雑魚まで、たくさんの魚が入っている。あとは、そのときに必要な魚を存分に選べばいい。

網を狭く張る人は、浜に引き上げるのに力を出し切ることもない代わりに、獲れる魚の量も種類もかぎられてしまう。

猟師として、どちらが仕事ができる人であろうか。言うまでもないことである。」

この適用は少々強引なようにも感じられますが、自分の身近に当てはまる友人がいるせいか、私の胸にはストンと落ちました。

友人はとにかく忙しい人で、1.5倍どころか私の5倍も10倍もの仕事量をこなしているように見えるのですが、かといって仕事の質が落ちるかというとそんなことはなく、むしろ一つ一つきちんと成果を挙げていますし、同時に忙しい合間を縫って、私以上にしっかり家族と過ごす時間を取ったり、自分のための時間を取ったりもしています。

今までは「持って生まれた能力の差」と、半ば感嘆、半ば諦観していたのですが、先の地引き網の話からすると、その差はむしろ、抱え込む仕事量の差なのではないでしょうか。能力以上の仕事を抱え込むことで自分の100%を出し切る友人に対し、適量の仕事しかこなさない私は、『自分の能力ではこれくらいが限界』と見切った時点で、すでに自らのキャパシティを狭め、成長を阻んでいるのかもしれません。

通常の活動を超えた負荷を与えることで筋肉が鍛えられていくのと同じように、『能力を超えた仕事量』という負荷により精神も鍛えられ、自分自身ですら気付かなかった潜在能力を発揮できるできるようになるということでしょうか。
posted by oxeye at 23:57| Comment(2) | TrackBack(0) | words | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
読んでいて、「たとえ本人の感じ方とは異なる場合があるとしても,この人には成し遂げる力があると分かれば,それに応じて割り当てを与えてくださることがあります。」という一文をふと思い出しました。絶妙な時間に更新しますねぇ。 笑
Posted by 糸の切れた凧 at 2006年01月22日 06:16
今、まさに自分にできるかなぁと思うほどに多くの仕事をいただいて、帰ってきたところでした。とてもためになりました。今、網を広げているところなんだなぁと思い、でも、広げた網にかかる水の抵抗やかかった魚の重みにまけて、呑まれないかなぁ。ちょっと心配。網の広げ方の頃合いってあるのでしょうかね。
Posted by akiyan at 2006年01月22日 22:40
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