2006年01月21日

冷たい日本人 ?

ボランティアで日本に住むアフリカ系黒人男性に会いました。挨拶代わりに日本の印象を尋ねてみたところ、『日本人は冷たい』とポツリ。聞けば15年も日本に住んでいるとのことですが、未だに溶け込めないでいるようです。

『日本人は英語を話さないから、外国人とコミュニケーションを取るのは苦手なのかもしれない』と弁解しましたら、『いやいや、言葉の問題だけではないはず。自分の国(ナイジェリア)では外国人に対し、例え言葉が通じなくても、カタコトであろうと親身になって助けようとするものだ』とのこと。この方、食べていくためとはいえ、国に家族を残し、はるばる海を越えて出稼ぎに来た挙句、遠く離れたこの国で寂しい思いをしているようです。
このような在日外国人による日本(人)へのネガティブな評価は時々、耳にします。知り合いの女性にブラジル人と接する機会が多い人がいるのですが、彼女によると、ブラジル人同士の会話で冷たい人のことを『日本人みたい』と表現するのだとか。

そんなにひどくはないだろうと思う反面、日本人は冷たいと感じている外国人が身の回りで実際に存在する以上、何かが彼らにそう思わせているのは確かです。どうしてだろう、と思って調べてみたら、そのあたりの説明になるかもしれない以下のような記事を見つけました(一部抜粋)。

「... 実は日本に来た外国人も『日本人は親切だ』という印象を持つことがある。実際日本人は見知らぬ外国人に対してある程度親切ではある。しかし日本にしっかりと接触した外国人は、『日本人はやっぱり冷たい』という感想を持つらしい。これは、最初の頃の親切さの度合いがいつまで経っても同じで、決して人間関係が緊密になっていくという印象を与えず、その外国人が持つ文化の尺度においてあるべき姿である親密さと親切さが決して実現されないからだという。つまり、日本人も敬遠するために親切にしている面があると言えるのである」。

なるほど。日本人が示す親切は(京都弁の婉曲表現のように)遠回しに「部外者」を拒絶していて、それが日本に長くいる外国人に疎外感や距離感を感じさせるということでしょうか。振り返ってみれば、自分が親切だと思ってしてきた行為も、一皮剥けばその程度の薄っぺらなものだったかもしれません。

日本人だって一歩この狭い島を出れば外国人です。「情けは人のためならず」、自分の示す親切が回りまわって自分のためになることを考えればなお更、日本が外国人にとっても居心地の良い国となるよう、微力ながら貢献したいものだと思いました。

posted by oxeye at 23:48| Comment(2) | TrackBack(0) | etc | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
興味深いですね。私も、たった1年しか外国に住んでいないので分かったようなことは言えないのですが・・・・。日本では言葉がある程度通じないと外国人から自分を理解してもらえないとどこかで思っていたような気がします。でも自分が外国に外国人として住んでみると言葉は分からなくても見れば分かる、経験から分かる、ということもたくさんあります。100%分からなくても「それでいいじゃん!」と信頼できる人と友人になることは可能だと思うのですが・・・でも、そういうの、正直日本にいたときは苦手でした。ブルガリア人は幸いうるさいくらいにフレンドリーで、ホームシックにかかる暇が少なくて助かります。まあ、今日本では家族の中でも意思疎通が難しいとか。外国人はおろか、近所の日本人とさえも友人になるのは今は難しいかもしれませんね。
Posted by むうちえ at 2006年01月24日 00:39
個人的な感想ですが、外国人の「人との距離」というのは、まず物理的にとても近い気がします。 
近くにいるというよりは、そばに寄るという感じでしょうか。

内面という点では、倒れそうになった時に、手を伸ばせば支えられる距離あたりにいる気が、自分的にはするのですが… そばにいてくれるという、強い印象はありませんが、見守っていてくれている、温かな感じはしますね。

人種の坩堝という中では、日本人は、外国人うんぬんではなく、「日本人同士が大好き」なのかなという印象を受けます。

日本にいる外国人は、「自分が外国人ということよりも、日本人でないということ」を感じさせられているのでは…と心配したりもします
Posted by 糸の切れた凧 at 2006年01月25日 05:31
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